留学だより

留学だより 村田直彦先生

2015年4月より米国マサチューセッツ州のボストン大学(BU)に2年間の予定で留学させて頂いています。昨年の同門会誌に、海外学会便りとしてボストンで行われたWorld Congress of Biomechanics への参加体験を寄稿いたしました。その時は、貴重な海外学会への参加経験とだけしか思っておらず、まさか半年後に移住し留学便りを書くことになるとは夢にも思っていませんでした。前稿にも記載したように、私の大学院での研究チームの上司である伊藤理先生の留学先がBUで、4年毎にしか開催されない上記の学会は偶然、ボストンで開催されました。その御縁で、BUのBe'la Suki教授のお宅のバーベキューに伊藤先生とともに招待いただき、少しだけお話をしました。教授はその時はひとことも来ないかとはおっしゃっていなかったのですが、帰国後に突然メールを頂いたという次第です。卒業の手続きと、ビザ取得やアパートの手続きは3月いっぱいまでかかりましたが、妻と子供2人の家族4人で4月14日に出国しました。

1. ボストンはこんなところ
ボストンは、米国東海岸の北の方、カナダに近いマサチューセッツ州にあります。この夏は、暑い日もありましたが、朝夕は湿気も少ないのか涼しくなり、名古屋の夏と比べると断然過ごしやすいです。冬は長く、年によっては豪雪となり、最高気温が氷点下の日が続くこともあるようです。未体験の冬はこれからですが、コートや靴の準備をしっかりしなければいけないようです。
BUはボストンの市街地のすぐ近くにあり、Charles川に沿って東西に長いキャンパスを持ちます。対岸にはMassachusetts Institute of Technology(MIT)があり、さらにもう少し北にはHarvard大学があります。南側のLongwood medical areaという地域には世界中から医学研究者が集まっているHarvard大学の医学部の関連施設です。このようにBUは世界最先端の研究機関に囲まれています。ボストンは米国を代表する科学研究都市といえるかと思います。周りの大学や研究施設が有名すぎますが、その陰にあって、全米で最大規模の面積を持ち、伝統もあり、施設も充実した良い大学だろうと思います。立地条件は、市街地にも行きやすく治安もよいので、medical以外のHarvard全学よりも良いと思います。BUは、そんな留学先に最適の地域にあります。

2. 研究生活
現在所属している研究室は、Biomedical Engineeringというグループの研究室で工学部の一部です。研究内容は、大学院の時にも携わっていたmechanotransductionに関する細胞生理学です。現在は内皮細胞に対するshear stress(ずり応力)について取り組んでいます。工学部なので、他のメンバーはengineerです。そのため発想が基本的に異なることが多く、驚くことも多いですが、とても勉強になります。9月上旬現在、メンバーは、教授夫妻と、PhD studentが3人、と自分合わせて、6人です。PhD studentのうちの一人は、ボストン大学の工学部を卒業し、医学部へ進み前半の2年を終わって工学部にPhDを取りに来たそうです。ウェイトリフティングのトレーニングを日々欠かさない彼とofficeをシェアしていますが、とってもいいやつで、慣れない私のことを気遣ってくれています。英語の勉強にもなります。
来たばかりの時に、印象深かったのは、必要な実験器具を自分で作ってしまったり、結果の考察方法も流体力学に基づいたシミュレーションが多用されたりすることです。私が取り組んでいる実験でも、自分たちで考案設計し、それを学部内の施設であるmachine shopに依頼して作ってもらった器具を使っています。ちょっと困ったことがあるとそのショップに相談に行きます。すると、ものづくりの専門家の視点から解決法が得られます。このような今までと全く異なる環境で医師のバックグラウンドを持つ自分がどのような役割を果たせるのか、日々考えながら研究に取り組んでいます。当初フローチャンバーの水漏れが問題でした。高額な高性能顕微鏡に乗せて使用する予定だったので、少しの水漏れも許されません。少しずつ工夫しながら解決に近づき、最近やっと水漏れはほとんど問題にならなくなったうえ、もともとは正立顕微鏡でしか使えなかったものが、倒立顕微鏡でも使えるようになりました。考えたことを形にしていく過程というのはとてもおもしろいと思います。
Shear stressの血管内皮細胞に対するmechanotransductionは、研究が進んできており、細胞の分化、増殖、収縮、NOを介した血管の拡張、細胞極性に関する論文は年々増えています。私が大学院で取り組んでいたCa2+反応はいずれにも深く関与しており、もう少しでその経験が生かせそうだなと思っています。こうした研究は動脈硬化の病態にはもちろん、呼吸器疾患では、肺高血圧症にもつながる研究と考えられています。今のところ、新しい実験系を立ち上げているような段階なので、あまりデータは出せていませんが、mechanobiologyは従来のbiologyとはちがったアプローチで医学・生理学を深めていくこれからの分野だと思います。

3. 生活の様子
住んでいるところは、ボストン市の隣のブルックライン市というところです。公共交通機関が充実しており、自宅から最寄りの路面電車や市バスを使って、市街地や、その他主要な場所に簡単に行けます。研究室には、歩いて20分とちょうど良い距離です。住んでいる人々も国籍は様々で、いろいろな国の言葉が聞こえてきます。家の周囲は日本人留学生にもとても人気のある地域らしく、公園で子供と遊んでいるとよく日本語も聞こえてきます。話してみるとかなりの確率で自分と同様、医師の研究者でポスドクであることがわかります。同じアパートに同時期に入居した日本人の家族がおられます。愛媛大学の循環器内科の先生でBrigam and Women’s Hospitalで心臓カテーテルアブレーションに関する臨床研究に携わっているそうです。情報交換や日々の苦労話などをしたりできて、とても心強いです。子供の幼稚園も一緒になりいつも一緒に通園しています。
渡米当初は、食料の調達、お金の支払い、電話やインターネットなど困ったことがたくさんあり途方に暮れていました。家賃が間違って2倍も引かれ、預金がマイナスになるトラブルもありました。アパートに入居したての時、スーパーでとりあえずすぐ食べられるようにと、買ってきたパンとお惣菜は、口にあわないものばかりで、これでやっていけるのかと、とても暗澹たる気持ちになりました。しかし、たくさんいる日本人研究者の奥様同士の情報交換により、あそこのスーパーのこれはおいしかった。あの食材はこれの代わりになるなどとても有用な情報がすぐに得られました。これと妻の努力のお陰で、今では、豊かな食生活を送っています。慣れてくると、いろいろなことに気づきました。果物は安くておいしく、牛乳やハムも選べば、安くておいしいものが手に入ります。ボストンはエビとカキが有名で、エビは確かにおいしいのですが、やはり日本ほどの魚介類の多様性はありません。しかし、よく探すと豆腐、味噌、醤油、海苔、ポン酢、納豆、ごはんですよ、などは簡単に手に入ることがわかりました。日本人の経営する鮮魚の店も最近発見し、さんまを食べました。このような様子なので、今のところ和食に飢えている感じはしません。外食は、チップも入れて、日本円に換算するとちょっとしたものでもとても高く感じるので、あまり行きません。
このように意外と必要な物は揃うし、小学校も日本人の先生がいるなど、日本人留学生の家族にこの地域が人気なのもよくわかります。しかし、家賃はとんでもなく高く、名古屋に住んでいた時の2倍以上になりました。その分、明らかに治安は良さそうです。川を渡った先のHarvard大学のあるケンブリッジ市のスーパーに試しに行ってみるとなんとなく、通りの雰囲気が違うのです。ブルックラインの家の周りは、お金がない人は全く住めないようになっているようです。通りを歩く人々の雰囲気からして違います。夜22時くらいでも、家の前を歩く人々は気楽そうです。

まだ半年しか住んでいませんが、ボストンはとてもよい街だと思います。また、家族にとっても有意義な体験ができていると思います。日本のように、何でも時間通りに、効率よく、きっちりとはいかず、驚くことも多いですが、多文化、多民族の荒波のなか、パワーをもらいながら、自分も成長できたらと思います。


*この留学だよりは、2015年の同門会誌から転載しました。


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